Monday, December 21, 2009

ランドリーについて

ランドリーというドラマを見るのは忘れられない経験だ。あの世界によく感動されたと思う。

一番好きな人はもちろんテルだ。頭がちょっと弱いんだが、他の普通の人より愛をよく分かって、人生を楽しくしている人だ。と言うのは、自分は思った通り話して、うそがぜんぜんできないから、他の人は自分と同じなようにしていると思う。だから、テルにとって、世界は他の人よりよほど簡単になるだろう。テルは水絵に結婚しようと言って、水絵が世界では、結婚することはそんな簡単じゃないと答えた場面に感想がよくある。水絵の話はうそじゃないんだが、テルにとって、大人の世界は複雑すぎるだろう?いつも子供のように生活をして、悲しいか、楽しいか、私は分からないんだ。もし私はテルのようになって、どんな生活を暮らすだろう?現実じゃないんだけど、私は本当によくこんな風に想像している。

その上、サリーは面白い男の人じゃないだろう?ちょっと変で、話しにくい人見たいんだけど、実はとてもやさしい人だ。サリーのかげて、テルと水絵は最後にハッピーエンドができると思う。でも、私はよく考えるのは、サリーはどんな仕事をしているだろう?好きな女の人を見つけただろう?

ランドリーというのは、物理的な意味と同時に、精神的な意味もある。でも、汚したことは清潔になれかどうか、難しい問題だろう?一般的な人生なら、清潔にするのがそんな簡単にできることはないと思う。でも、忘れてしまったんだか、わすれられないんか、毎日、毎日、人生は進まなければならないだろう?時間は一番すごいので、私にとって、人生でいつまでも楽しくしていることが一番大切だ。

Saturday, December 5, 2009

一番ドキドキした話:会わなかったお母さんとお父さん

  この夏休み、私はPIIの学生で、二ヶ月金沢で日本語の勉強して過ごした。5月29日に、私は飛行機に乗って、中国の近くにあるが、行ったことがぜんぜんなかった日本に行った。そして、8ヶ月だけ日本語を勉強して、とても簡単な日本語が話せるので、興奮したり、緊張したりする感じが言いにくい。日本で、何が、誰が私を待っているの?ニューヨークから13時間飛行機に乗ってから、大阪に乗り換えて、金沢に4時間くらい電車で到着した。そんな大変な旅行の中で、とても眠いけど、色々な想像や、心配やなどが心の中で回っているから、ぜんぜん寝られなかった。金沢は、一体どんなところだろう? PIIの先生と学生はどんな人だろう?やさしいか?やさしくないか?この二ヶ月の間に、たくさん難しい問題があるだろうか?家族や、親しい友達や、よく知っている先生、誰も私の近くにいたいから、自分はそんな問題を解決することができるか?

  その上で、一番心配した問題は、私のホストーファミリーはどんな家族だろうかと言う問題だった。子供のとき、父と母がいなかったとき、近所の友達のうちに二、三日住んでいたことはあった。そして、高校生と学生のとき、親しい友達のうちに休みを過ごすこともあった。けれど、知り合いだし、、若者なら何でもよかったから、不便なところもあるが、大丈夫だと思った。しかし、今この問題のほうがよほど難しかった。まず、子供と違って、今大学院生の大人になって、ぜんぜん知らなかった人と家族のように一緒に生活を生きることにとても慣れにくいと思った。次に、私は一人の子だから、ずっと父と母だけと一緒に住んでいたから、なかなかどうやってほかの人と話すのがあまり分からなかった。その上、今外国語の問題もあるので、もっと大変だと思った。そんな風に、私は寝ないで心配しながら、金沢に着いた。

  翌日、朝御飯の後で、学生はみんな会議室の外で待っていた。名前を先生に呼ばれると、会議室に入って、ホストーファミリーに会ってから、うちに連れて行かれてもらった。あのとき、私は私たちが幼稚園のドアの前にお母さんとお父さんを待っている子供たちみたいだと思って、ちょっと自分で笑っていた。同時に、複雑な気持ちを持っていた。一方のは何かを初めてするとき、新鮮で、好奇心を持ったの、もう一方のは自分じゃなくて、自分以外の人が決めるようになったの。私が廊下でうろうろしながら、誰の名前を呼ばれたら、私の掌で汗が出た。

  ついに、私の番だった。私はできるだけ緊張しないように入った。私が思ったより違って、私のホストーファミリーじゃなくて、ホストーファミリーの友達の山本さんご夫婦が迎えにきた。と言うのは、私のホストーファミリーは仕事のため、来られなかったのだ。私は緊張の感じが減ったが、ホストーファミリーに会わなかったから、ドキドキしたのが続かなきゃならなかった。

  山本さん夫婦はとても親切な人だから、ゆっくり話したり、電子辞書を使ったり、英語も少しだけしゃべったりしていた。途中のレストランで昼ごはんを食べた。とても面白いのは、私だちは日本料理を食べたが、山本夫婦はピザをおいしいそうに食べた。アメリカと日本の料理について話して、気分がよくなって、楽しくご飯を食べた。

  十分くらい後で、やっと私のホストーファミリーのうちに着いた。車が庭に入る前に、犬たちが大きな声でほえていたのが聞こえた。私がドキドキする間にか、お母さんとお父さんが出て来た。。お母さんがとてもうれしい顔をしたり、「ルーチャン」と呼んだり、私を抱いたりしていた。若者のような自信と情熱を持って、お母さんは私が思ったよりよほど若そうだった。お父さんはあまり話さないで優しく笑っていた。私たちはお母さんの客間でコーヒーを飲みながら、話していた。あまり恥ずかしくなくて、ちょっと古くからの友人のようだった。外は太陽の光りが強いし、広くない客間に大きな声で笑っていたし、犬たちがソファの上で寝ていたし、壁の上は色々な、お母さんとお父さんと世界の学生の写真が貼られていたから、気分がとてもいいと思った。私にとって、初めで日本人のうちに入ることや、初めて父と母以外に、ほかの人をお母さんとお父さんと呼ぶことなど、私が想像したより大変じゃなかった。

  後で、お父さんが私の荷物を持って、お母さんが案内をして、階段を登って、私の二階の部屋に行った。私はやっとベッドの上に、大変なマラソンをしたように座った。とても疲れたが、うれしかった。

  あの日、一番ドキドキ経験があったが、私にとって、一番大切な記憶じゃないだろう。いつまでも私の心の中で新鮮で、大切にしまってある。

Monday, November 23, 2009

私の寮

私が今すんでいるところはコロンビア大学の近くにある寮だ。ちょっと小さいし、家具ガあまりないが、こんな大きな都市のニューヨークで、自分のところガあるから、とても好きだ。

たくさんの学生に違って、私は毎日寮でできるだけ過ごすのが大好きな人だ。と言うのは、私が思った通り、自由と言う気持ちが持つのである。自分が部屋でいるとき、ドアを閉めて、コンピュータの前に座って、コーヒーを飲んだり、本を読んだり、音楽を聴いたり、自分のことをよく思ったりして、気分がすごくよくなっている。窓の外はBroadwayと言うニューヨークの一番にぎやかな道の一つなので、いつもたくさんの人からでも、車からでも、ずっと声が聞こえる。けれど、私は窓の近くに日本で買った風鈴を掛かって、風がふったら、風鈴もヂンリン、ヂンリンのような声でふるようになる。そのとき、私は心から静かになって、何も楽しくすることができる。この部屋は大きくないが、中国のうちからとても遠い距離を持つ私にとって、たいていうちみたい。毎日いくら疲れても、楽しみをもらうことができる。

寮なら、自分の部屋が持てガ、他の人と台所とお手洗いをシェールをしなきゃならないものである。とても違う国や文化からきったルムメトからたくさんの新しいことを習える。たとえば、台所で料理を作りながら、何についても話す。色々な料理を作り方を習ったり、大学の新聞を聞いたり、他の専門の知識を教えてもらったりして、うれしいね。

私の部屋は、私にとって、小さいが、世界と交流するのが始まるところだから、一番大切なところだろう。

Sunday, October 25, 2009

一番ドキドキした話

最近で一番ドキドキしたこと:今学期、TAだから、コロビア大学で大学生に中国文明を教えてあげることがある。初めに英語で教えるばかりじゃなくて、外国人の大学生に教える経験がなかったから、初めのクラス、授業料はうちに忘れて、クラスに遅れてしまったんなので、学生に会って、とても緊張して、恥ずかしいことだった。

今まで一番ドキドキしたこと:この夏、日本に日本語の勉強に行った、ホームーステイをしなきゃならなかった。一度も自分のうち以外、他の人のうちにそんな長い時間で住んでなかったので、今大人だから、ぜんぜん知らなくて、日本語だけ使う日本人に会って、二ヶ月一緒に住んでいることはちょっと怖いと思った。どうしたらいいかはちょっと分からなかったから、心配していたとき、ドキドキしたということがあった。

Thursday, October 22, 2009

日本の夏、いつも忘れられない。。。

今年の夏、PIIで、二ヶ月金沢で日本語の勉強をしてに過ごした。時間があまりたっていないから、あれから三ヶ月過ごして、何度も、何度も思い出した。時々、日本語の授業中、先生が話しているとき、お母さんやお父さんや金沢で日本語の先生や近所の人などの音を聞いていたという幻覚があった。つまり、日本を去ってから、日本語も、日本文化も、長い間知っている友達の様になった。今はまだ日本語が上手じゃないが、中国語と同じように親しいと思うようになった。

日本で色々面白くて、深く感じしたことが多すぎるから、こんな短い文では書けないと思う。けれど、いつまでも忘れられないため、二、三の事を書いて、うれしくなることができるんじゃないだろうか?

私が一番思い出す人はホストーファミリーのお母さんとお父さんだ。一緒に小松に住んでいた。小松はとても小さい町だが、とても静かできれいだ。お母さんとお父さんは特別に大きく、きれいで、庭と野菜園があるうちがある。お母さんとお父さんは一階の畳の部屋で寝ていたが、私は二階の少し小さい部屋で寝ていた。毎朝、7時に一階の台所からお母さんが焼くパンの香りが部屋に入ってきて、お母さんが起こしてもらた。「おはよう」と言って、テレビを見ながら、朝ごはんをいただいた。犬たちも私たちの足の近くで、パンを待っていたように座った。私は金沢で授業があるので、毎日金沢に行かなきゃならなかった。だから、毎日自転車で二十分、電車で三十五分かけていっていた。ちょっと大変だったけど、私は楽しいと思っていた。毎日自転車に乗って、ある小学校を通過しなきゃならなくて、交通を無料に手伝っていたおじいさんに「おはようございます」と言って、感じが一番よくなった。そして、やさしい風が振って、色々な景色を見ながら、駅に行くのが楽しみになっていた。

午後6時くらいに、うちに帰ることがあた。庭のドアの近くにつくと、犬たちは大きな声でほえていた。うちに入って、お母さんとお父さんがうちにいなくても、「ただいま」と言うと、気分がとてもよかった。毎晩お母さんはとても忙しいから、仕事がおそく終わって、急いでうちに晩御飯を作りに帰ってきた。時間があったら、私はいつもお母さんと一緒に晩御飯を作っていた。その日にあった面白いことや、授業のこと、ぜんぜん大切じゃないことについても、よく話していた。日本の料理はとてもおいしくて、作るのはそんな速いのを見て、ちょっとびっくりした。お父さんが戻った後で、三人で朝ごはんと同じように、テレビを見ながら、晩ごはんをいただいた。みんなにとって、一日の中で、一番暇な時間だから、自由に話すことができた。一番楽しかったから、いつまでも続ければ、よかったと思た。

全部は瑣末なことだから、たぶんほかの人にとってはそんなに何度も、何度も思い出し、書くことはちょっと不必要だと思う。でも、私にとって、今のように毎日忙しすぎるが、そんな記憶を持って、ずっと進むことができる。

Tuesday, October 13, 2009

私にとって、携帯電話。。。

八年前に、たくさんの友達に似て、携帯電話を初めて使った。誕生日に、父に初めの携帯電話をもらって、とてもうれしかった。何人にも電話番号を聞いて、携帯電話に入れて、用事があるときも、ないときも、コールをした。あの時、携帯電話は現在より少ないので、電話料がちょっと高くて、短い情報の方がいいと思った。私の町以外の大学で勉強したが、いつでも、両親にも、友達にも、連絡することができるから、とても便利だと思った。

しかし、連絡するのがやさしくなったのに対して、携帯電話を使って、ちょっと話しにくそうに、私の生活が変わった。まず、携帯電話を持って、誰かに思う出すとき、番号を入れて、音が聞こえると、楽しむだった。でも、電話をかけやすくなると、かえって思う出すことが少なくなった。手紙をだんだん書かなかったし、人々に会う機会も減った。そして、短い情報は安くて、早いから、いくらでも送ることができた。何か言いにくいとき、短い情報はとても役に立つと思った。特に、恋人にとって、こんなことがあった。と言うのは、会うのがなくて、あまり緊張しなくて、たいてい話しにくいことが書けると思った。よかったかな。。。けれでも、あんなに短い情報を使って、だんだんつまらなかったと思った。と言うのは、時間がとてもかかったし、よく遠回しに言ったし、ほんとうに思った通り話せなかったから、疲れた。

ですから、あんな考え方を持って、私は一年に電話をぜんぜん使わなかった。生活はよく静かになって、少し寂しいが、ほんとうに気持ちがよくなった。

今はね、まだ携帯電話を使っているが、両親に、すごし親しい友達にだけかけるから、大丈夫だと思う。携帯電話について、私はちょっと変な考え方があるかどうか自分は分からない。でも、自分は楽しむのために、どうな風に携帯電話を使うのは自分が決めることでもある。それから、携帯電話でも、インターネトでも、私たちの生活に入って、深い影響を造成して、色々な変わったことがあるが、いつまでも変わらなくて、大切なことでもあるかも知れないね。

Monday, October 5, 2009

ことわざしよう~~

1.ことわざ「才子、才に倒れる」

2.読み方「さいし、さいにたおれる」

3.意味
そのまま:自分の知識に自信を持ちすぎてかえって失敗することです。

自分の言葉で言い換え:
頭がいい、たいてい他の人よりいい人だから、才子と思う。だから、自分は才を持って、何でもできると思うと、自信が一番持ちそうだ。それから、ことは思ったより難しそうだし、他の人の意見を聞かないし、他の人知らなくて、自分の方法だけ正しいと思うので、失敗することだ。成功のために、いくら頭がよくても、自分の知識を良く使って考えて、謙虚にするようにと言うとき、このことわざを使うかもしれない。と言うのは、人なら、自分はあまり知らないことには、よくしていることにより間違えやすいと言う考えることがある。

4.中国語のことわざでは、そんな意味の言葉もあると思います。「聪明反被聪明误」と言うことわざです。今、英語でも、日本語でも、このことわざを翻訳してみるよ。英語では、a smart person usually tends to fall down at his smartness. 日本語では、聡明な人はたいてい自分の聡明さに自信を持ちすぎて、かえって失敗すると言うことです。

この一つことわざは、日本語の中でも、中国語の中でも、言葉と意味がだいだい同じだ。人なら、同じな経験か問題か会って、同じな考え方もあると思う、面白いと思うよ。

Monday, September 28, 2009

忘れられない先生~~

二十年の間、色々な、親切な先生に世話になって、私の心に全部とまっています。でも、こんな題目を見て、いつもシュー教授に思い出します。

私は大学生のとき、シュー教授のクラスに行って、初めて会いました。それから、三年シュー教授に教えていただきましたね。シュー教授は背が高くて、やさしくて、よく子供のような顔をしていました。けれども、仕事に一番まじめで、いつもがんばり続けていました。夏でも、冬でも、クラス中、シュー教授はいつもたくさんあぜがで続いて、シャーツは洗った様に教えていました。というのは、シュー教授は仕事のためばかりじゃなくて、自分と学生たちの感じと心と人生のために、教えていました。だから、十年を過ごして、どんな知識を習ったのは忘れたんけど、シュー教授の顔とあぜ、私たちの深い感じを持っていたようが忘れられませんでした。

シュー教授はとても面白い人だから、時々人々と違う話を行っていました。たとえば、ある夏の日、風がふって、良く涼しくなりました。だから、たくさんの学生はズボンを着ていました。でも、シュー教授はたいていズボンを着ますが、あの日はショーツを着て、速く教室に入りました。”暑ければ、ショーツを着ても、まだ暑いですね。涼しくなれば、私はショーツを着て、一番涼しくて、気持ちがいいと思います。みなさん着てみてください”と言って、みんなは笑っていました。

シュー教授は授業に上手ですが、クラス以外に、あまり話しませんでした。しかし、毎月、私たちは三、四人シュー教授のうちに行って、ご飯と果物を食べて、ワインを飲んで、勉強についてでも、人生についてでも良く話して、一番楽しかった日と思います。あの小さくて、きれいで、本が多すぎる部屋は今まで私の心でよく現れます。シュー教授は”将来は、仕事と名利じゃなくて、自分は楽しみに習うように、心を静かになれようにする”と言いました。そして、”知識が大切だから、良く勉強しなければならないんですが、そのより、一番大切なことは人格です。正直にたつ人になれように、がんばってください!”と言いました。シュー教授は私にとって、忘れられない先生だというのは、知識を習っていたばかりじゃなくて、人生に深い影響を受けて、いつまでも役に立っています。

Wednesday, September 16, 2009

2009秋学期が始まりました。。。

私の名前はルーション(熊璐)です、中国から来ました。コロンビア大学の二年生の大学院生です。中国文学を専攻しています。去年日本語の一年生でしたが、この夏はPIIに行って、二年生の授業をして、今三年生の日本語を勉強しています。趣味は本を読むことや映画を見ることや旅行をすることなどです。

始めるとき、専攻に必要なことだから、日本語を勉強しました。けれども、今は、専攻も自分の興味ものために、いつまでも頑張って、日本語の勉強を続けます。日本の金沢で二ヶ月を過ごして、日本語を勉強して、いろいろな文化体験を持って、host familyのお母さんとお父さんとほかの友達と仲良くして、おいしい食べ物をたくさん食べて、一番忘れられない生活です。ぜひもう一度行きたいんですね。。。

それから、日本が好きになって、日本語の勉強はよく楽しくなりました。今三年生のクラスで、いろいろな目的があります。主なのは:
1、日本語の読むことと書くことが上手になって、いろいろな本は日本語で読んで、私の専門に役にたちように、勉強する。
2、日本語の聞くことと話すことが上手になって、日本にもう一度留学するように、勉強する。

こんな目的のために、今学期に色々なことができたいと思います。
1、専門のために、日本語で本をよく読んで、日本文学を考えて、日本文学と中国文学を比べる。
2、毎ヶ月日本語の話すクラブに行って、日本の友達と話して、日本語の聞くことと話すことが上手になろうと思う。
3、日本語で歌を良く聴いて、映画とテニビを見て、日本の文化がもっと分かれようになる。

それから、具体的な目標:
1、毎日二時間日本語を勉強して、新しい漢字と言葉を十個覚えて、文章を二つ読んで、会話を一つ練習する。
2、毎週日本語のブログを書いて、お母さんに手紙を書き送って、日本語の書くことをだんだんよくなる。
3、毎週日本語の映画かテニビを見て、聞くことと話すことを練習する。
4、できるだけ、インターネトで日本の新聞や文章やビデオなどを読んで、具体的な材料をたくさん利用して、日本語で読むことになれる。
5、研究に必要な論文を読んで、分かることと分からないことを記録する。

Monday, April 13, 2009

先生のとき

八年前に、私は大学を出る前に、高校でじっしゅうせいの先生になりました。中国文学と音楽を教えたり、いっしょにバスケットボールをしたり、学生とたくさん話したりしましたから、じっしゅうせいで私がいちばん好きです。一か月だけでしたが、とても忘れることができませんでした。特に、私は大学へ帰るまえに、学生はみなで私に送ってくれました。

あの晩、私は教室であったパーティのしょうたいをもらいました。学生がお金を出しあいましたから、私はとても楽しかったです。私はパーティでみな学生が書いて、しょめいがあったあいさつじょうをもらいましたから、とてもかんどうました。あったあいさつじょうで“ション先生、ありがとうございました!いろいろお世話になりました!私たちは先生が好きです。どうぞお元気で”と言いました。そして、きれいな花をくれました。学生と歌をたくさん歌ったり、ダンースをしたり、ゲームをしたり、美味しい食べ物を食べたりしましたから、とてもおもしろかったですね。はんちょうだで、せいせきがいちばんいい女の人は私にかたくほうようをして、高校をでてから、ペキン大学にも入って、私にあいたいと言ってくれました。そして、いろいろな学生は作ったプレゼントをくれて、私を思って、手紙を書いてくれると言いました。わかれことはとてもくるしかったね。でも、みな学生はゆめがじつげんすると思いました。

パーティを終わったら、いっしょに写真を撮りました。いろいろで、若いえがおがあった写真をひぞうました。毎じ見て、学生を思い出して、なみだをながしました。今日まで、みな学生の名前をめいきことができます。時々学生の手紙をもらって、大学の生活をおしえて、いろいろなぎもんをききます。学生と話すると、私は若くなりましたね。それから、私は大学でて、いい先生になりたいでした。私が勉強して、疲れるとき、あのけいけんはいつもかんしょうから、とても大切のけいけんですね。

なつやすみ。。。

夏休みはいっか月の後ですね。三か月ですから、いろいろな用事をしたいです。でも、六月から七月まで日本で日本語の勉強にいかなければなりませんですから、いっか月だけ私のうちですえます。

来月は石川へいって、日本人のうちですんで、友達と日本のクラスがあります。日本人とすんでから、自弁で日本の文化がわかれます。host familyにいろいろで、美味しい食べ物をつくってもらいますから、とても楽しいですね。そして、休みに有名な町へいけます。

それから、中国へ帰ります。今とても家族を出しますから、早く両親にあいます。

Sunday, March 8, 2009

私の春休み

来週は春休みですから、勉強をしないと思いますね。一か月とても疲れましたから、旅行をしなければなりません。

私は友達と五人いっしょに行きます。Grand Canyon National ParkとLas Vegasへ行きますよ。特に、いつも世界で一番有名な町のLas Vegasへ行きたいです。

三月十三日にJFK空港で飛行機に乗って、Los Angelesで乗り換えて、Flagstaffへ行きます。七半時間かかります。ちょっと長いですね。あの晩はいい休むことができます。十四日から十六日までGrand Canyonで遊んで、十六日午後にLas Vegasへ行きます。いろいろな美味しい食べ物を食べたり、夜景観を見たり、すてきで、有名なshowを見たりしたいます。

みなさん、旅行をするでしょう?いい旅行がする春休みがあると、大学へ帰るとき、調子がよくて、頭がよくなりますよ。そして、春は一番きれいな季節ですから、勉強を忘れて、出かけて、友達と遊んでください。

みなさん、春休みおめでとう ございます。

Sunday, February 22, 2009

チャンーデ(常德,Changde)ヘ行きたいんでしょうか?

山田さん、お元気ですか。ニューヨークは今寒いです、冬はとても長いですよ。日本はどうですか。山田さんの勉強はどうですか。

春休みに私の町へ行きたいですか。チャンーデです。古くて、静かな町です。木がたくさんあります、そして大きい川があります。ですから、小さいですが、とても有名な町です。毎年いろいろな外国人は旅行に行きます。春雨がたくさんありますから、傘をもって行かなければなりません。

東京から北京まで飛行機で行ってから、チャンーデで飛行機を乗り換えてください。全部で五時間かかります。チャンーデ空港で父はあなたに迎えて、車で私のうちへ行きます。私の部屋ですんでもいいですよ。

次の朝、早く起きてください。川の近くへ行ってください。景観はとてもいいです、そして大切な建築がありますよ。韻文の塀です。世界で一番長いです、そしてチャンーデだけ見ることができます。塀に前古からこの頃まで中国の韻文を鏤刻ます。川の近くで大きい公園を散歩します、そして有名で、すてきな韻文を読むことといい書道を見ることができます。すごいですね。川の近くでいろいろで、美味しい食べ物がありますから、時々食べることができますよ。チャンーデ料理はヒュナン(湖南,Hunan)州で一番美味しいですから、父と有名なレストランへ昼ご飯に行ってください。新鮮で、芳醇な魚と野菜がありますから、たくさん食べてください。少し辛いですが、本当に美味しいです。




昼ご飯を食べてから、車で桃花園(桃花源)へ行ってください。四十分ぐらいかかります。Dong Jin(东晋)時代のTao Yuanming(陶渊明)の一番有名な散文の名前は<桃花園の記事>(《桃花源記》)ですから、桃花園は中国で一番有名な所です。桃花園は中国の田園生活の代表です。毎日都会の生活はにぎやかで、忙しいです。田園の生活はとても静かで、きれいです。思いは安らかになりますよ。桃花を見ることができますから、桃花園で春は一番いい季節です。毎年三月で桃花祭りがあります。とてもきれいですよ。そして、桃花園だけでありますから、レイーお茶(擂茶)を飲んでください。大きい碗で生姜や煎茶やゴマをたくさんおうだて、水をかすって、レイーお茶を作ります。とても芳しくて、熱いです。レイーお茶を日本へ持って帰ることができますよ。



桃花園を出てから、私のうちへ帰ってください。ちょっと休んでから、私の両親と晩御飯を食べてください。疲れですから、早く寝てください。

明日日本語のクラースがありますから、今寝なければなりません。じゃ、来週手紙を書きます。

ルーション

Wednesday, February 11, 2009

いそがしいしゅうまつ。。。

せんしゅうのしゅうまつEast Asian Conferenceへいきました。レポートをたくさんききましたから、ちゅっとうつかれました。でも、とてもおもしろくて、たのしかったです。そして、わたしのともだちはPrincetonだいがくからきました。せんしゅうのどよびのまえに、ろっかげつあったことがありません。それから、いっしょにEast Asian としょかんへbanquetにいきました。ビールをたくさんのみました、そしていろいろなひととならいました。いっしょにとしょかんのつくえのうえにダンスをしました。とてもにぎやかですよ。つかれましたから、にちようびにへやでたくさんねます。でも、こんしゅうはちょっとねむいですよ。

じゃ、こんしゅうのどようびはValentineのひですから、みなさん、Valentineのひおめでとうございます!

Monday, January 26, 2009

Happy Chinese New Year!

きのうはちゅうごくあけましてですから、ユーさんのうちでパーティをしました。いっしょにちゅごくりょりをたくさんたべました、それからいろいろなともだちとはなしました。ひとがおおかったです、そしてりょりがおいしかったです。ちゅうごくあけましてにちゅうごくじんはかぞくとあいますから、きょねんまでまいねんかぞくとあけましてりょりをたべました。それからlantern festivalまでじゅうごにちのあけましてやすみがありました。このははじめでがいこくにともだちとたべました。とてもおもしろかったですから、わたしはたのしかったです。みんなさん、あけましておめでとうございます!

Thursday, December 11, 2008

ふゆやすみ

わたしはくにへかえりにいきたいですが、このふゆやすみにかえりません。ニューヨークにいます。りょうしんをみたいです、そしてちゅごくのりょりがほしいですね。

ふゆやすみはべんきょします、そしてニューヨークにあそびます。ともだちはニューヨークへいきますから、いっしょにびじゅつかんへいきます。

みんなさん、Merry Christmas and Happy New Year!

Friday, November 28, 2008

にじゅうねんごのわたし

わたいしはだいがくのせんせいです。ちゅうごくぶんがくをおしえます。しごとはいそがしいですが、とてもおもしろいです。なつやすみとふゆやすみがありますから、せかいへりょうこうにいきます。いっしゅうかんにえいがをにかいみます、そしてまいにちおんがくをいちじかんききます。まいあさろくじからはちじまでスポーツをします、そしてまいばんほんをろくじかんよみます。まいにちコーヒーとおちゃと、どちらもをのみます。いぬがいちばんすきですから、うちでいぬがにひきいます。せいかつはさびしくないです。

わたしはペキンにいます。ペキンはおおきいまちです、そしてひとがとてもおおいです。ペキンはあまりきれいじゃありませんが、とてもふるいです。ペキンはにぎやかですが、ちゅうごくでちゅうごぶんがくのほんがいちばんおおいです。わたしのべんきょうはべんりです。ペキンにしんせつなせんせいとともだちがたくさんいます。まいしゅうまついっしょにレストランときっさてんであいます、そしていっしょにかいものします。わたしはペキンにふるいうちがいっけんあります。うちはあまりおおきくないですが、とてもきれいです。りょうしんがいちばんすきですから、ペキンにうちをはやくかいました。いっしゅうかんにかぞくとにかいごはんをたべます、それからこうえんをさんぽします。

Thursday, November 6, 2008

Chinatownへいきました。

せんしゅうChinatownへいきました。Chinatownはcanalちょめです。Chinatownはあまりおおきいじゃありませんが、にぎやかです。ろくじにGuangdongのレストランでばんごはんをたべました。Guangdongのりょりはおいしいです、そしてやすいです。それから、ちゅごくのスーパへいきました。わたしはちゅごくのりょりをしますから、ちゅごくのたべものとやさいをかいました。はちじにsohoへいきました。sohoはきれいです、そしてにぎやかです。いふくをかいました。じゅいちじにちかてつでかえりました。わたしはとてもたのしいです。

Monday, November 3, 2008

Composition 2: てがみ

やまださん、はじめまして。

わたしはルーションです。ちゅごくじんです。わたしはコロンビアだいがくのだいがくいんせいです。いちねんせいです。わたしのせんこうはちゅごくぶんがくです。ことしのはちがつじゅうはちにちにニューヨークへきました。

ニューヨークはとてもおおきいです。そしてにぎやかです。ニューヨークのせいがつはべんりですが、たかいです。いまとてもさむいです。やまださんのまちのてんきはどうですか。

コロンビアだいがくはきれいですが、いそがしいです。べんきょはおもしろいですが、とてもむずかしいです。わたいしのりょうはおおきいです、そしてしずかです。ともどもりょうでべんきょします。ときどきとしょかんへいきます。まいしゅうスーパーでにくとやさいをかいます。まいにちごはんをつくります、コーヒーをいれます。ニューヨークのレストランはいいですが、すこしたかいです。

ぶんがくとおんがくとスポーツがとてもすきです。にほんおたべものとえいががすきです。すしはとてもおいしいです、そしておきけはいいです。いつもにほんのえいがをみますから、にほんのせいがつがわかります。にほんのともだちがすこしあります。にほんのともだちはしんせつです。

まいにちにほんごをべんきょします。わたしのせんせいはさとうせんせいです。さとうせんせいはとてもしんせつです、そしておもしろいです。さとうせhせいのくらすがすきです。にほんごはおもしろいですが、むずかしいです。にほんごがすきですから、らいねんのなつにほんでにほんごをべんきょします。やまださんのうちへいきます。おせわになります。どうもありがどございます。

               じゅうがつにじゅうよっか  ルーション

Tuesday, October 21, 2008

どんなせいかつですか。

コロンビアだいがくのせいかつはすてきですが、いそがしいです。アメリカのせいかつになれませんでした。ニューヨークはおおきいです、そしてさむいです。せいかつはとてもべんりです。わたしのりょうはおおきいですが、たかいです。

にほごのべんきょうはおもしろいです。さとうせんせいはそてもしんせつです。
にほごをべんきょうしましょ!